旅のやり方にはいろいろある。
私の場合だと出発はほとんどひとりなので
- そのままひとり旅
- 旅先で友達や知り合いに会う旅
どちらがいいというのはなく、そのときの自分にぴったりなのはどれかな、という感じだ。
コロナ前だと、旅先にSNSなどで知り合った人がいて「会いましょうか」となることが増えた。それはそれで楽しい。複数人いるときって食べることが十二分に楽しめる。地元の人がいれば知らないところも教えてもらえるし、行き方も迷わずまっすぐだ。ネットではなく、リアルに話をするのも楽しい。
だけどどこかで「強烈な孤独」を抱えながらする旅にも飢えた部分もあった。
なので、そういった知り合いがいない場所に行ったり、いても行くことを事前に知らせずに旅することがあった。
隣に知り合いがいておしゃべりしていると風景を見ない。ついていくだけだから、道を覚えない。「その街を訪れた」という実感が持てない。深く深く自分に潜り込めない。あほなことを考えつつ、衝動的に立ち止まって小さなノートに頭の中に湧いたものが書けない。好き放題同じ場所にいられない。だらだらとビールを飲みながら、このあとのことを計画したり、小さなぬいぐるみと写真撮ったり、へべれけになることができない。
SNSが発達したせいか、行きから帰りまでひとりでいたのに、ちっともひとり旅をした感覚がなかった、というのが北海道旅行だった。すごく不思議な感じ。
ならSNSを利用しなければいいのかもしれないけど、ちびキリエが「見てー!見てー!すごーーーい!」と言いたがる。見てもらいたがる。
海外に行くとまた違うかもね。
そんなだから、誰かが旅をしているとその人に全面的に合わせたい。むやみに話しかけない。接触しない。お供をおおせつかった場合だと、率先して歩かない。
だって旅する人が主人公だもの。その人がしたい旅をしてほしいし、欲しているときのサポートはするけれどそうでなければそっとして差し上げたい。ずっとしゃべっていなくてもいい。ときどきその人が好きそうな場所や店やものがあったら「こういうのがあるけど、どう?」と提案できるといいなぁ。
お盆で、SNSに旅のポストが増えたのを見ながら、そんなことをぼんやり思った。
年内にもう一度旅に出たいなぁ。近くてもいいなぁ。大阪かなぁ。百舌鳥・古市古墳群が見たいなぁ。