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岐阜に写真展を見にいった



岐阜の美濃太田に到着したのは15:30頃で、それまで寄り道をたくさんした。次の日は冬至のせいかどんどん日が暮れている。一瞬「明日にしようか」とも考えたが、旅先での「また今度」は大体ウソになるのはよく知っている。好きな食べ物は最後に食べるのが常だが、出先では「一番やりたいことは一番先にやる」ことにしている。30分ほど宿で休んで、私は暮れていく住宅街を木曽川に向けて歩き出した。





辺りはどんどん暗くなり、西の空は赤くなっていく。大きな川だから開けた場所からどんな景色が見られるのだろう。案外、太陽や月の動きは速い。急げ急げ。小走りになりながら、初めての土地を進む。人気がない。少し怖い。





川にたどり着いたときには、おそらく「ベストタイム」から過ぎていたのだと思う。それでも私は赤い空を見て、カメラやスマホで写真を撮る。川は身近なのに慣れない川幅と高い堤防に緊張する。人気がない。犬の散歩やジョギングをしている人がいるが、すれ違うときも緊張感が高まる。

私はよそ者で、昼間に来ていないのにここに長居するのは得策ではない。もしこれがもうちょっと日が長かったら。もっと明るいときに来ていたなら。30分の休憩がだめだったのか。など思いながら「また明日来よう」とその場を離れ、本屋さんを目指す。


2024年12月。この年の最後の冒険は出るつもりはなかったのに、生き急いでいたし、偶然にも奇跡的に3連休を取っていたし、ここしか見る機会がなかった。何度思い出しても、もちろん旅先でも「どうして自分がここにいるのかほんとにわからない」という感じは拭えない。とにかく大きな力に引っ張られるようにして、私は岐阜に来た。

目的は HUT BOOKSTORE で開催された「貨物船で太平洋を渡る 田巻秀敏 写真展」を見ることだった。

ZINEで発行された「貨物船で太平洋を渡る」は持っていて、読んでいた。もとになった note の記事も読んだ。

B5サイズというでかい本で、それいっぱいに波がじゃぶじゃぶしている写真が表紙だ。著者が貨物船から見下ろすように撮った写真で迫力がある。その写真を本の表紙に使うために修正したエピソードも、このZINEを作る過程をまとめたnoteで読んだ。

写真展のお知らせのSNSでは、写真はでかいものもありそうだ。もともとB5サイズに収まるようなものじゃないじゃん、貨物船だし。でっかいので見たい。それが見られるチャンスだ。そう何度も写真展が開催される確信はないし、休みは思うように取りにくくなっているし、数年の間に自分の自由は制限されるかもしれない。そんな思い詰めた気持ちもあったのかも、この冒険に駆り立てられた何かには。



すっかり暗くなった町は本当に怖くて、方向感覚が全然つかめない。私はGoogle Maps だけを頼りに本屋さんを目指す。川からそんなに離れていないのに、うっかり行き過ぎちゃって少し迷った。

銅版にカッコいい字体で書かれた HUT BOOKSTORE の文字を見つけたときはほっとした。小窓には太いろうそくが3本。本物の炎が灯っていた。窓越しに四角い写真がちらりと見える。やっとたどり着いた。






中は穏やかだった。本棚にいっぱいの本と、机にもいっぱいの本。それらはいっぱいだけどぎゅうぎゅうしていなくて、ラクに呼吸ができた。ほこりっぽくもない。もっと言うと私のようながさつな、いい雰囲気をぶっ壊してしまうような者が入っていいのか、戸惑われた。しかし引き下がることはできない。だってこれがこの冒険のメインイベントなんだもの。

声をかけると店主さんはお返事をしてくださった。私は写真を見たいと告げた。店主さんは作業スペースから動くことはなかった。お店に入って左手の小さなギャラリーは店主さんの目の届かないところにある。よし!私は野良猫のようにそこに滑り込んでいった。しばらく様子をうかがっていたが、やっぱり店主さんは動く気配がない。しめしめ。私はようやく気を楽にして写真を見始めた。ええ、人見知りなんです。そっとしておいてくださって、ありがとう。





写真はカッコいいコラージュみたいに並んでいた。店主さんがレイアウトされたそうだ。年が明けて展示について書かれたnoteを見てにやりとしちゃった(餃子、麻雀、青い写真のくだりが好き)。考えちゃうよね。私がもしこの写真の展示を任されたら、どうやって飾っていいか全然わからないもん。





写真は大小さまざまで、額装されたものは大きくて迫力があった。小さい写真では船員さんたちの日常スナップみたいで、この大きさで見るのがいいなぁ、なんて思った。

写真も芸術作品も私はあまりわかって見ていない。ただそれらを見て感じるのが好きなんだ。なので「これはいい写真ですね」なんてよくわからなくて言えない。好きか嫌いかで言えば好きだなぁ。写真見ながらお話を聞いたり質問したりしたいな、と思った。







私はひとりの時間を堪能した。写真を見て、あっちの写真を見て。椅子に座って用意されていたノートに少し書き込み。そしてあのスタンプ!「貨物船で太平洋を渡る」のスタンプがあるじゃないですか!ご自由に押してくださいって書いてある!!私はすかさず測量野帳に押した。なにこれ、めっちゃボーナス!

そしていただきましたよ、噂のDM!




名刺大、というか名刺。おまけに活版印刷という懲りよう。店主さんがSNSで「写真のない写真のDM」とおっしゃっていたあのDM!

いつもはショップカードやチケットの半券は乱暴に測量野帳にマスキングテープでべちょべちょ貼るのだけれど、これはねちょねちょさせてはいけない、と思い、マステでコーナーシールを作って測量野帳に貼っている。すぐに取り出せるよ。

いや、でもどうやったら写真展のDMをこんなふうに作ろうと思いつくのかそれが不思議。








写真展を堪能した後は、本を吟味。図書館ではないので、ありとあらゆるジャンルがバランスよく揃っているのではない。なにかしらの偏りがあって、私の好きな偏り具合。何周もして、文庫本とZINEを購入した。このとき初めてまともに店主さんとお話した。落ち着いた穏やかな方で、野良猫は安心してお話することができた。



思えばこのあたりからすでにおかしかった。いや、この日の朝、旅立ちのときからずっとおかしかったんだ。

何人にも勧められた珈琲屋さんに寄ることもできず、とりあえず安全のため行きとは違い、街灯の多い大きな通りを歩いて宿に帰った。珈琲屋さんも木曽川も太田宿だって「明日行けばいいや」と思ってた。

翌日は丸1日フリーだったから、お勧めされた犬山城に午前中行き、午後に美濃太田に戻って散策しよう。最後の日も新幹線は16時台なので、まだまだ美濃太田も巡れるし、早めに出て名古屋のぴよりんに会ってもいい、いや食べるけど。なんてことも考えていたんだ。滞在した3日間、「ヘンな人」と思われてもいいから本屋さんに通って写真を見まくるのもありだな、ってことも考えてた。

それらはできなくなった。

翌日、犬山城には行ったが、本当に体調がおかしい。そこからはちょくちょくブログに書いたように、とりあえず昼食は食べたものの「これはヤバい。戻ろう」と駅のキオスクでおかしや飲み物などを買い込み、13:30に宿に帰った。そこからずっと寝ていた。カーテンも閉め、暗い中布団に丸くなった。背中がぞくぞくした。とにかく着込んだ。できればとおかしをつまんだがすぐに食べられなくなった。

身体が冷え切ってしまってどうにもならなかった。部屋の浴槽に湯を溜め入った。翌日の起床のアラームをセットした。

最終日、とりあえずなるべく早くおうちに帰ろうと思った。思考力がないのにおそろしいくらいクリアに自分の行動を決めていった。久しぶりにカミーノ(スペイン巡礼)のことを思い出した。ひとりでことばもよくわからないスペインで、10kg以上のバックパックを背負い毎日20kmは歩く。なんでこんなことしちゃったんだろう、と思いながらまた歩く。

言葉の使い方としては間違っているのだろうが「旅人のチャクラが開く」感じだ。これまでのありとあらゆる経験と目の前の現実とを照らし合わせ、今自分がなにをすべきなのかを全力で決定し行動した。めちゃめちゃ気を張るしエネルギーも使う。すごい危機感を持っていたのだと思う。必死だったし、一方で「なんでこんなに冷静に決定していくんだろう」と不思議に思った。

新幹線の時間を変更し、数回の乗り換えののち(私は乗り換えがすっごく苦手)、なんとか帰宅した。

翌日、朝いちで病院に行ったらインフルエンザAでタミフルを5日間飲んだ。



写真展では、写真撮影OKでSNSに流してもよいと書かれてあった。リアルタイムとまではいかないけれど、SNSに流した。

しかし、この冒険についてなかなかブログに書けず2月が来てしまった。数年ぶりにかかったインフルエンザはしんどく、また出先での体調不良はとても心細かった。助けを求めるわけにもいかず、倒れるわけにもいかなかった。つまり、とてもつらい経験で、なかなか振り返ることができなかった。

ほんとは、開催2週目に訪問したので「わーいわーい!素敵な写真展じゃったよー」とPRしたかったんだ、推し活じゃからな。ちなみに今現在、このブログはネット検索してもヒットしない仕様になっていて(友達の協力のもと対処はしている。今は様子見)、いろんな意味で推しに貢献できなかった。



ね、旅先では好きなものを一番に食べるように、一番やりたいことを一番先にやっておいたほうがいいのだ。

それにしても、岐阜という土地をあまり楽しめなかった感覚があるのでまた行かなくちゃね。飛騨高山の朝市にもう一度行ってみたいんだ。行き方がなんとなくわかったから、目指したいよね。明るいときの木曽川と(犬山城でも見たけどさ)おすすめの珈琲屋さんにも行きたいよ。



おしまい