『うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真』を知ったきっかけは、この本の編集者の辻敦さんのnoteからだった。写真を撮るのが楽しくて仕方ない感じや、それで人生が変わっちゃった感じ、いろいろチャレンジしたり、ときどき困ったことになってしょげたり気を取り直したりしながら、それでも「写真を撮るのはいいんですよ」と淡々と熱く語る感じが面白かった。
この本を編集する前に参加した、写真家の幡野広志さんのワークショップでの体験についてもnoteに詳しく書かれているし、本のPR活動の一環としてのSNSへの本の一部を引用したポストも「こんなに長く引用していいの?こんなにたくさん引用していいの?1冊まるごとポストしちゃう勢いだけどいいの?」というくらい、いっぱい読んだ。
しかし、これでこの本の内容がわかるはずもなく、私は本を購入した。
最近、本を読む筋肉が弱くなったのか、あまり本を読まなくなった。けれどもこの本はどんどん読めた。ちらちらと、いやちらちらちらちらと読んだことのある文章があり、「ふふふ」と思いながら読んだ。が、最後で失速する。理由は後述する。
どんどん読めたのは、写真やカメラのことだけど、写真やカメラのことだけを書いていなかったのと、内容が「嬉しいなぁ」としみじみしちゃったからだ。
一眼レフは手に負えそうにないけど、ミラーレスならいけるんじゃないか。と思い、以前はレンズ交換できるカメラを使っていた。
電源入れてシャッターを切るだけでおしまいだったちっこいコンデジから、急に「レンズキャップを取りましょう」から始まり、見たことのないぐるぐるしたものや、よくわからないアルファベットと漢字が並ぶ専門用語いっぱいのボディと設定画面にめまいした。
そこでマニュアル本を購入したが、ほんとにわけがわからなくてほとほと困った。
ちょっとだけ勉強し、専門用語も「全然わからない」から「ぼんやり知っている」くらいになり、ネットや本をさまよった。
その中で強く言われていたのが「日の丸構図はダサすぎてNG!!!!!!」だった。
私は構図がよくわからなくて、今もよくわかってなくて、ど真ん中で撮ることが多かったけど、すっごい否定された気分で悲しくなってしまった。
また撮影会に1度だけ参加したが、そこでもど真ん中で撮るのは冷笑されていた。
また、構図のためにガイドライン(画面を3×3の9分割にする線)を使った方法もおすすめでたくさん見たけど「あたいの気持ちいいはそこじゃないんだよ!」とか「この線、うっとうしい!邪魔!!!」と早々に非表示にしてしまい、そこで写真やカメラの勉強は止まってしまった。
「またもや落ちこぼれてしまったんだなぁ」と悲しくなったり、卑屈になったりしていたが、この本では幡野さんはこれまで私が見てきたこととは全然違うことを言ってくれた。とっても嬉しかった。
この本を読んで、今、私が気をつけていることは
- 真ん中で撮る(例の「日の丸構図」ですよ。やったあ!)
- たくさん撮る(この一瞬にすべてをかける、みたいな技術もセンスもあたいにはないからね!)
- ブログに写真を載せるときに説明をつける
自分があまり容量が大きくないので、まずはここから。
そして、本が読めなくなったことについて。
最後は「現像」についてだった。デジタルなので暗室に籠もってどうこうではなく、どうやら「撮った写真の色味とかなんとかを調整していい感じにする」ことのようだ。
本の中で幡野さんは何度も「写真は科学です」とおっしゃるのですが、私、この分野がからきしダメで。本当に頭に入ってこなかった。何度もトライしたけれど、難しいことばや表現もないのにどうしてもどうやってもよくわからなかった。
というわけで、私は考えたのです。
「幡野さんのワークショップで教わったらできるようになるんじゃないか」
どちらかというと、経験で身につけていくほうが自分にすんなりくる気がしているので、いい考えだと思った。
しかし、私の現状はワークショップに参加するのも難しく、また人気でなかなか参加できないみたい。いや、それでも機会は狙っておけばいいから、と思って、前述の3点に絞って練習することにした。
というところで、今回はおしまい。
今のところ、写真で劇的に人生は変わっていません。去年の春、突然退職することになり、自尊心や自己肯定感がぼろぼろになってしまい、明らかに写真を撮る枚数が減った。あの春から1年経ったのか。といろいろ思うこともある。外出もせず、泣いて閉じ籠っていたからなぁ。
でもよく歩くようになり、そのときカメラを持つことも増えてきた。
辻さんのように「カメラはいつでも持ち歩くこと」ができたらいいのだけれど、ミラーレスからコンデジにしたのに「カメラ重くて苦しい」と思ってしまう。
狙っている軽量のカメラは人気で入手困難。同じくらいの重さと大きさのカメラが他メーカーから出たけれど、それはRAWで撮れない。本を購入する前に本屋さんでぱらりとこの本を見たとき、RAWじゃないと現像できないからRAWで撮影しましょう、と書いてあったのがどうも頭から離れなくて、そのカメラは買うのをやめた。
軽量でそこそこ性能がいいのはスマホのカメラだけど、どうしてカメラで撮るのかというと、理由がある。
数年前、曇天で前方後円墳とレプリカの埴輪、そして水色のスライムのぬいぐるみをスマホで撮ったときの写真が、「これから雷が鳴り響き、風が強まり、不穏な空気が流れ、なにか始まっちゃうんじゃないか!とハリウッド映画のようなドラマティックな雰囲気」になってしまったからだ。「いやいやいやいや、私、そんなにドラマティックでなくていいですぅぅぅ。フツーにっ、大好きな前方後円墳と大好きなスライムの写真がっ、そこそこ穏やかにっ、撮れたらいいんですぅぅぅぅぅ」と叫びながらひっくり返りそうになった。
日常の写真は日常のトーンで撮りたいので、カメラで写真を撮ることにした。
今はJPEGだけで撮っている。RAWで撮ってみたら謎の黒い画像になってて「こりゃ、現像できないと使いものにならないヤツだ!」と思った(この解釈が正解なのかもわからない)。手軽にブログなどに写真を載せたいので、扱いの簡単なJPEGのみとなっている。
ちなみに私のように現像がよくわからない、ワークショップにそうそう簡単に参加できない、という方のために幡野さんから「プリセットと現像方法の販売」というnoteでの提供が開始された(有料)。

プリセットと現像方法の販売|幡野広志
プリセットには意味がないとはいわないけど、ほぼ意味がありません。写っている被写体がそれぞれ違うからです。 プリセットを当て込んでも少しの手間が減るぐらいです。現像にはその手間が重要です。「プリセットで完成する」と誤解したら写真は良くなりません。 簡単にいえばプリセットは料理のレシピのようなものです。 水300㏄ 砂糖大さじ2、みりん大さじ1、醬油大さじ3、酒大さじ2みたいなことです。うちの牛丼のレシピです。 被写体は食材にあたります。牛肉と豚肉で火の入れ方が変わりますよね。火の入れ方が手間にあたります。プリセットを当て込んだ後の手間で写真が決まります。 プリセットをあてこんだ
最後にこの本の続編が今年の3月に発売されたばかり。私はまだ実物も見ていない。そのうち買って読んでみよう。とりあえず、両方のAmazonのリンクをはっておく。
■本日の写真
『うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真』の書影。
帯がぴかぴかの銀色で、鏡みたいになってぼんやりと自分が映り込んでしまったので、数回、撮り直した。
ヨシタケシンスケさんのイラストも好き。
すぐに買えるからとAmazonのリンクを貼ったけど、ポプラ社のリンクもここではっておく。

うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真
いい写真は誰でも撮れる。大人気ワークショップをベースに、幡野広志が書き下ろす、できれば触れたくなかった写真の話。
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